■ プロローグ

 夜の霧が、眼下の遥かな山並みの間に漂っていた。
 漆黒の闇の中、微かな月明かりを沙紗と反射させて浮かび上がる霧の波は微光を帯び、長い時間をかけて山並みの間をゆらりゆらりとさざめく様は湖のそれによく似ている。
 空気が冷たい。高地の夜はよく冷える。ましてやナノミストによる大気制御を一切断っているこの地球上では、その冷え込みも尚一層だった。
 白い息を吐きながら己の身体に手を廻すと、シニストラは大きく聳える月を背にし、荘厳なまでの星々が零れそうなほどに輝き渡る夜空を見上げた。
 彼自身のパートナーほどではないが、基本的に同じ質の能力を持つ者としてシニストラも多少の空間感知能力は持っている。
 他の星と異なる速さで夜空を動く光がひとつ。2つの生命の気配をその中に抱いて。
 アイネイアースへの帰還直前、同僚たちの最後の地球周回監視は無事に終わったようだった。彼らが帰投すれば当分の間、この地球観測所には彼自身とパートナーとの2人だけしか居なくなる。
 シニストラが軽く手を振って彼らを見送ろうとした――かの光、サリュートに搭乗している同僚のうちの一方は遥か遠くを見通す能力を持っているESメンバーであるから、それもあながち馬鹿馬鹿しいものではない――その時、光がきしりと、見慣れた、しかし異質な輝きを帯びたことにシニストラは気付いた。
(イナーシャルドライブ……?)
 戦闘中ならばともかく、後は地球重力圏から飛び去るだけの通常の航行に於いて、物理法則の慣性系を機体の制御化に置くその航法が必要であるとも思えないが。
 訝しく思ったシニストラの視線の先に、光は滑らかな動きで夜空にスペルを綴り始めた。
 その優雅な動きに似つかわしくない、乱暴なスラングを。

『暇だからっつって、いちゃいちゃばっかしてんじゃねーよ』

 シニストラは思わず吹き出した。笑いが上る。あの小柄な、猫のような瞳を持ったアンオウの仕業であるのは間違いなかった。
 小さく笑いながら、シニストラは改めて夜空の光に手を振った。
「ちゃんと仕事するから、次の交代の時にはまた第二首都コルキアの美味しい甘味処でも教えてくれよな」
 光が小さく、狼狽したように撥ねた気がしたのは単なる気の所為だったろうか。
 不自然なほど素早く光は小さくなって消えてゆき、あとの夜空には静かに煌々と輝く満天の星々だけが残った。
 暫くの間、くつくつと小さな笑いが止まらない。綿菓子のような白い息が、小さくシニストラの口元から生まれては掻き消えていった。

「冷えるぞ……珍しいな、お前がそんなに笑うなんて。」

 不意に後ろからふわりと暖かいものに包まれた。柔らかな毛布の肌触りが首筋の素肌に当たる。毛布越しに背後からシニストラの身体を抱き締める腕は、慣れた力強い気配だった。
 どうして毛布なんですか?と訊きながら肩越しに振り返れば、直ぐ目の前に、いや手近に適当なものが無かったから、と他愛も無い返事を返しながらシニストラを覗き込む紫の瞳がある。
 広い背中の向こうでは、大きな月が輝いていた。
「で、何がそんなに面白かったんだ?」
 甘く寛いだ表情でもこの人は精悍だな、とシニストラは思う。
 先ほどの遣り取りの際には観測所の小さな山荘の中に居たであろうパートナーへ、シニストラが簡単に事情を話すと、デクステラは軽く目を見開いて、それから表情を崩して笑いながら腕の中のシニストラを強く抱き締め直した。
「お前も相変わらず、そういう所はそうだよな」
 地球からアイネイアースへ帰還する多少ひねくれて意地の悪い同僚の片割れに、シニストラが単なる言葉の表面通りの『無邪気なお願い』をした訳では無いという事ぐらい、デクステラはよく心得ている。
 アンオウの能力を介してシニストラの言葉を聞いたエイオウは、きっとアイネイアースに着いてからシニストラの伝言をいい口実にしてはまた趣味の菓子屋巡りを始め、アンオウは戦々恐々として全然気の進まないながらのそれに付き合わされる事になるのであろう。
 今頃たぶん、エイオウはサリュートの中で嬉々として今後の予定を語り、アンオウはその傍らで大慌てしているに違いなかった。
 ただ甘いだけではない、意外な芯の強さを時折垣間見せるこの空色の髪をした綺麗な半身の、事あるごとに彼らの仲を揶揄する小柄な同僚へのささやかな意趣返しだった。
 くすくすとデクステラの腕の中で笑うシニストラ。
「まあ、お前とゆっくりしたいのは山々だが、ちゃんと務めは十二分に果たすさ。……この地球を万一にでも危険に晒すわけには行かないからな」
 そう。ここは地球なのだ。
 デクステラほどの男でさえも、こうやって自分たちが地球の大地を踏みしめているなど何かの間違いではないかと思うことすらある。

 かつて地球は、最大にして最高の絶対不可侵領域であった。自分たちの種の純潔の象徴として、それを崇奉してきた血統族ノーヴルズたち自身以上に。
 何百年にも渡る近代文明からの汚染、そして人類が宇宙へ進出した後の幾度かの限定戦争。多くの犠牲を出したそれらによって、人類の発祥の地である地球の古代文化遺産と環境もまた、完膚なきまでに破壊され尽くそうとしていた。
 宇宙惑星連合の決定によって――実際のところは血統族ノーヴルズという、戦乱と権力とで歪んだ時代の隙間から生まれ落ちたような、他と一線を画した異質な一部の血族によって――地球が『原器惑星』に指定されたのが星暦〇二三三年。
 それから100年近くもの間、地球はどれほど一般市民が恋焦がれようとも絶然として赦されざる不可侵領域だったのだ。
 それがどうだろう。GOTTのESメンバーという特殊な立場にあるとはいえ、一銀河市民である彼らがその大地を踏みしめ、あまつさえその常駐監視という大役を担い、血統族ノーヴルズという人類を分か断ってきた存在そのものすらが過去のものとなりつつあるのだ。永い不可侵の間に快復した環境を再び破壊せぬよう、慎重に少数ずつながら、地球への一時訪還を一般市民へ公募しようという計画さえもが着々と確実に進みつつあると聞く。
 歴史の流れの裏と表を長い間見続けてきた彼らにさえ、想像するだに及ばなかった未来予想図が、間違いのない現実としてここにあった。
「…彼女のした事も、無駄ではなかったんですよね……」
 小さく腕の中のシニストラが呟いた。
「……」
 デクステラが黙ったまま、抱き締める腕にわずかな力を篭めた。

 彼女――かつて自分たちの同僚であったひとのことを思う。
 決して仲が良かったとは言えないが、GOTT・ESメンバーの最高位にある彼らの実力を認め、幾度かの任務を共にしたひと
 血統族ノーヴルズの権力悪の結晶のような、巨大な箱舟の幾千万の砲門をこの地球に向けた彼女。
 宇宙の塵と消えたであろう彼女。幾度も幾度も人類の闇に傷つけられた彼女の最たる望みは、この残酷なほどに美しい、――その事自体が人類の黒い歴史の象徴でもあるといえる、この地球の破滅だった。
 彼女のその願いは果たされないままだったけれども、彼女のもうひとつの望みであった血統族ノーヴルズの消滅は現実のものとなりつつある。
 多少なりとも、彼女の心の傷は癒されただろうか。彼女の母と共に。
 今なら――眼下に広がるこの地球の美しさも、彼女の歓びとなるだろうか。

「……何もかも、悪いばかりだけの事など無いさ。彼女の犠牲も…血統族ノーヴルズの遺したものも。」
「……そうですね」
 素直にシニストラは応じた。
 蒼碧の髪の彼には、パートナーの言わんとすることが良く解っていた。
 今、自分達の目の前に開けている地球の自然。天にはナノミストの大気に慣れた人間に「今にも降って来そうで恐い」と言わしめるほどの億万の星の輝きが在る。
 かつて幾度もの星間戦争の果て、地球は確かに死に絶えつつあった。それを百年以上に渡って保護し、護り救い、ほぼ完璧な自然環境を快復させたのは――それがどれだけ利己的な決定であったにしろ――確かに血統族ノーヴルズたちの力だったのだ。
 エクレールたちがさほど遠くない昔、その若き当主に関わったローゼンフェルト財閥。GOTT正面受付班第14班班長の実家であるところのコール家。いずれもかつて血統族ノーヴルズの名を冠していた家でありながら、私利私欲に囚われぬリーダーシップを発揮して銀河の混乱を次々と立て直している。

 幾星霜もの犠牲の果てにようやくその幼年期キディ・グレイドを終え、人類は今まさに新たなる一歩を踏み出しつつあるのだ。

 深夜の空気は冴え冴えと冷え、眼前の闇の合間には緑が豊かに連なる山々。その間をヴェールのように霧が漂い、地球に属する巨大な衛星は今や中天でその白い光を惜しげも無く放っている。
 唯一無二の半身の記念日を祝うに相応しい場所と時間だった。

「日付が変わったぞ。……誕生日おめでとう。シニストラ。」

 デクステラは目の前の、青い髪の流れる耳元に口を寄せて囁いた。
 少しの沈黙が過ぎ、それからゆっくりと振り返ったシニストラは、その蒼碧の目を大きく見開いて驚いたような顔をしていた。

「どうした?」
 予想しなかったシニストラの表情にデクステラがそう尋ねれば、
「……すっかり忘れてました」
 少し呆としたような表情のシニストラから返事が返り、デクステラは小さく苦笑した。
「まあ、確かに忙しかったからな」
 このところずっと、全銀河を震撼させた事件の事後処理にGOTTのESメンバーは例外なく、もちろんデクステラもシニストラと共に昼夜別なく激務を強いられていたのだ。日付の感覚などもう早くから無くなっていた。
 今回のこの地球監視の任務もずいぶん急に決定したことで、2人は取るものも取り敢えず急かされるようにして太陽星系へとやってきたのだった。
「おかげで何も贈り物を用意してない。……悪い。」
 久しぶりに聞いた、あまりにもの「普通の人間」のようなパートナーの発言に、今度はシニストラが小さく苦笑した。するりとデクステラの腕の中から抜け、正面から彼へと向き直る。
 肩から滑り落ちかけた毛布を、胸の前で掻き合わせた。
「今更、改めて祝うようなものでもないでしょうに」
 子供の悪戯を笑いながら咎める時のような口調で答える。
 誕生日を迎えること、それがすなわち年をひとつ重ねることとしての意味を持たなくなってから、もうずいぶんと永い時間が経って久しい。
 時を越え、年齢を保ち、星と共に生きる人間には不要の記念日だ。
 そして誕生日という日を意識することは、それを普通の意味で迎えていた――普通のヒトであった日々を思い出させる。――シニストラにとってその過去は、あまり歓迎すべき記憶でもなかったから。
 デクステラもそれを意識してか、そもそも二人の間で誕生日を祝うことをしなくなってから、もう数え切れないくらいの年月が過ぎ去っている筈ではなかったか?
「忘れていたわけじゃないさ。毎年――思い出してはいた。……祝う日じゃない、お前が生まれてきてくれたことに……感謝する日だ。……ようやくそう、俺が思えるようになったのかもしれない」
 驚いて僅かに見上げるシニストラの視界がデクステラの表情を確認するより前、シニストラの躯は大きな手にふわりと緩く抱き締められた。
 軽く髪を梳かれた耳元で、独特の深く低い声が囁く。
「……おまえには、辛い記憶だったのかもしれない。でも」
 そこまで言って、首筋に重なる気配が僅かに離れた。シニストラの両頬が掌に包まれて、こつり、と額に額が当てられた。
 絡まった視線の先のデクステラは――暖かい表情をしていた。
「今の俺は、それが何であれ――おまえを俺の元へと導いてくれた、全ての要因ファクターに感謝するよ。
 …おまえの両親にも、おまえの過去にも、…おまえを生かしてくれた――あの人にも。」

 そこまで言って、デクステラはふと不安を覚える。
 パートナーの表情の変化を確認するのが恐くて、――そしてパートナーに腕を振り解かれるのが恐くなって――デクステラは白い首筋に顔を埋めて細い体を強く抱き締めた。
 自分の記憶を無くしてまで一度は過去から逃れようとした、今は赤い髪の同僚のエクレール。気持ちは判らなくも無い。彼女の生は熾烈を極めた。
 けれどもそれは、彼女だけのことではない。
 自分の腕の中で沈黙を重ねたまま佇む蒼銀の髪のパートナーが、――何も苦労を知らなげな顔でいつも涼やかに笑うこの綺麗な人が、どれだけの過酷な過去と血を吐くような現実を乗り越えてきたか。
 出会った頃からの相手の全てを、何ひとつ取り零すことなく見てきたデクステラには、まるで自分の痛みのようにそれが判っていた。

 デクステラの脳裏で、遠い過去の記憶がまるで昨日の事のように鮮やかに蘇る。

 初めて逢った時には、まだ少年だったシニストラは、


 ――凍り付くような目をしていた。


 今から振り返れば、思い浮かべるだけで胸の奥が抉られ痛むような、そんな姿。
 それほどの重みを最愛のパートナーに強いていた過去に、デクステラは感謝するというのだ。それがシニストラと出会うための軌跡であったのなら。
 この蒼銀の髪のパートナーからすれば、赦されざる冒涜かもしれなかった。けれど言わずにはいられなかった。
 今のデクステラの、何よりも偽らざる想いであったからこそ。


「……あなたが、俺の生まれたこの日、…俺の過去に感謝するというのなら」

 不安を抱えるデクステラの胸元で、そう静かに響いてきた声は、
 ――暖かい気配をしていた。

「なら、俺は……あなたに感謝しますよ」

 デクステラは驚いて腕の力を緩めた。
 腕の中の存在は、小さく身を翻して僅かにデクステラから離れる。
 吹いてきた強い風に靡いた毛布がゆっくりと滑り落ちた。
 億万の星を背にして立つ姿の、長く豊かな蒼銀の髪がふわりと風に舞った。



(特務、完了いたしました――)
 上司たる金髪の局長の下へと報告をした、あの時。
(そう――ご苦労様でした。)
 いつものように、彼女は凛然と微笑みながら慰労の言葉を並び立つ自分たちに掛けたのだが。
 彼女の表情が保てていたのはそれまでで、――鮮やかな赤に彩られた唇が僅かに震えて。
 笑みの消えた顔を、彼女は額に添えた手で隠した。いつ何時でも正面を見据える、真っ直ぐな視線がゆるりと俯く。
 掌の翳で本当に小さく小さく吐かれた溜息は、……やがて押し殺すような細い嗚咽に続いた。
(……………………)
 公人たるべきGOTTの局長室に在りながら、デクステラは思わず右隣のシニストラの手を握り締めていた。

 ――無二のパートナーを失うということは、それほどまでの衝撃なのだ。
 もう遥か昔に袂を分かち、その進む道を180度に違え、いつか必ずこの日を迎えるであろう事を長の年月に渡って覚悟していた筈の彼女たちでさえ。
 かつて彼女のパートナーだった、黒髪の女性。その人物を、直接的にであれ間接的にであれ、永久に抹消した自分たち。
 それはGOTT局長たる金髪の彼女の意思でもあったし、彼女自身が発令した特務でもあったのだが。

 確かにこの瞬間――それが例え一瞬であったにせよ――、かつてのパートナーを死へと追い遣った自分たちへ、エクリプス局長は心の底から憎悪を抱いたに違いなかったのだ。


 それをデクステラが疎ましく思うことは無かった。
 自分が彼女の立場なら同じことを考えただろう。
 いや――彼女のように、その憎悪を心の底だけで留めておくことなど到底できそうにも無い。

 そっと握り返される手の、細くとも包み込むような気配を帯びる暖かさを感じながら、そう思った。




 漆黒の星空を背にした姿が、真正面からデクステラを見つめる。
「俺をこの世に送り出したのは、確かに俺の両親で、あの時、消えかけていた俺の命を永らえさせたのは、確かに――彼女でした」
 ――黒髪の女性。自分たちが殺した。
「けれど、俺を救ってくれたのは――世界のすべてに絶望していた俺を、あなたの所へ導いてくれたのは――他の誰でもない…あなたです」
 そう言ってふわりと微笑む、その蒼碧の瞳の中に天の星の色が映えた。


 幾度もの、幾つもの辛い過去を、血を吐くような現実を乗り越えて、
 かつて冷たく凍ったままだった蒼い瞳は、柔らかに暖かに融けだして、

 シニストラは凛々と、しなやかに強く綺麗な、大人になった。


「ありがとう、デクステラ。
 俺はこの日に、俺をあなたの元へ導いてくれた全ての要因ファクターと、あなたが俺にくれた全ての過去と、現在と、未来に――心から感謝しますよ」

 満天の星空も、真円の白光も、何もかもを圧倒して覆い尽くすほどに綺麗な微笑で。


「……愛しています。デクステラ。」


 パートナーからそう告げられたデクステラは、もう言うべき言葉が見つからなかった。
 手を伸ばして細い躯に触れ、何も言葉が思いつかない自分の語彙の拙さを情けなく思いながら、ただただ無言のままに腕の中の暖かい無二の半身を強く強く抱き締めた。
 何度も伝えるべき言葉を探して、結局、どうにもならないほどにそれしか思いつかない想いを口にする。

「……愛してる、シニストラ。……生まれてきてくれて、本当にありがとう。……ありがとう。」

 そうして長い時間を、お互いにただ、強く抱き締めあっていた。








 唐突に、天頂で強い音と光が弾けた。
 同時に目を遣ったデクステラとシニストラの視線の先で、山荘の隣、開いたままの格納庫から幾つもの光の筋が花火のように次から次へと立ち昇っていく。
 鳥の頭を模した姿のこの演出の製作者は、充分待ったと言わんばかりにインジケータの電子光をせわしなく明滅させていた。
「……ゼフィーロス」
 驚きに目を見開いていたシニストラが、表情を崩して軽く吹き出した。
「誕生日パーティー? センチュリオンも呼んで?」
 ゼフィーロスの光言語での提案にデクステラが応じる。
 この高地の観測所に連れて来れたのはガードロボットのゼフィーロスだけで、高速巡航艦としては小型と言えどもそれなりの体積を占めてしまうセンチュリオンは東太平洋中央宇宙港の格納庫に残してきたままなのだった。主人たちに内緒で通信を取り合っていたらしい。
 ゼフィーロスの方に歩み寄ろうとしたシニストラの手を、デクステラが捕まえた。そのまま歩いて山荘のドアを開け、シニストラを引き寄せてドアの中へと入りながらゼフィーロスに声を掛ける。
「それはまた、夜が明けてからな。…お子様たちはお休みの時間だ。」
 有無を言わせずドアの中へ引き込むパートナーに微笑いながら、シニストラが首だけドアの外へ覗かせてゼフィーロスに呼びかける。
「ごめん、ゼフィーロス。センチュリオンに宜しく。また明朝あしたな。」
 大きな手がシニストラの後頭を柔らかく包み、引き寄せて、空色の姿が山荘の中へ消え、ドアが完全に閉じられた。
 程なくして山荘内の明かりが全て落とされる。
 不満げに赤と青のオッドアイをしばらく明滅させていたゼフィーロスは、通信先のセンチュリオンに窘められ、しぶしぶながらにメインスイッチを自分で落とした。
 微かなエンジン音が、次第に小さくなって消えていった。

 後にはただ、満天の夜空に散りばめられた星々と、煌然として冴え輝く白い満月だけが残されていた。