■ Intermission, with No Intermission

 夜中まで模擬戦イミテーションバトルをやっていて、俺も彼も、身体はへとへとになるまで疲れていたのだけれど、そういう時はたいてい彼は、血が騒ぐと言って可成り非道い遣り方で明け方近くまで俺を抱くのが常だった。
 決してそんな彼が嫌いなわけではないのだけれど、疲れ切った身体は休息を欲していて、ベッドに組み敷かれたまま一応緩く抵抗して見せはするのだけれど、覆い被さってくる彼の身体をやんわりと押し返そうとする俺の両手は捩じ上げられるようにして彼の片手であっさりと頭上のシーツの上に縫いとめられ、それがとても痛むからああ痕が付いただろうな、明日になれば痣が出来てるな、と思うけれど、どうせ手袋の中に隠れるから、――彼もそれを知っていてやるのだろうけれど、何故ならいつも結構開いている俺たちのGOTTの制服の胸元から外へ見えるような痕を決して彼は付けたりしないから――けれどそれ以外の場所にはキスマークなんていう可愛い言葉では済まされないような痣や傷跡が知らぬ間に、あるいは知ってる間に付いてたりするのだけれど。だけどだからまあいいか、と思ったりする。
 そうして目を開けば、彼の燃えるような緋色の髪があって、そして彼の神秘的な両の紫の瞳が、俺を焼き殺さんばかりに強く睨み付けている。
 こんな彼を見るたび、確かに彼の言葉に嘘は無いのだと強く判らされるのだ。――血が騒いでいるのだと。
 そうして噛み付くように強く口付けられ、長い間唇を貪られる。優しくなど無い。締め上げられたままの手首も、乱暴なキスも。
 身体は快楽より痛みを主張する。けれども。
 それほどまでに、俺を欲しているのだと。――俺を征服したいのだと。
 それが判るから、心が感じて如何仕様もなくなる。掴み上げられたままの両手首の痛みが、覆い被さってくる彼の素肌の身体の熱さが、厚い胸板が、その重さが、哀しいほどに愛おしかった。
 彼の唇の滑らされた、俺の首筋が思わず仰け反った。

 容赦なく何度も何度も繰り返して抱かれながら、彼のその熱に圧倒されながら、俺を抱く目の前の緋色の髪の彼のこと以外もう何も考えられなくて、けれども頭の片隅はぼんやりと感じる。

 彼は……とても、とても情が深いのだ。彼自身の、その身一つでは負えぬほどに。
 迸る激情で食い殺すようにして誰かを愛さないと、その内で膨れ上がり続ける激情で内側から破裂して死んでしまうような人なのだ。
 彼のその、人一倍強烈な激情を受け取る対象が、遠い昔の、しかし昨日の事のようなあの日以来、どうやら俺の上に永久に固定されてしまったらしいことを――俺は今でも、とても嬉しく思う。
 彼の激情を、その全てを受け止めきれるのが、ただ俺だけであるのだと。
 そうして彼は、まるで自分自身を愛するように俺を愛する。貪るように。食い尽くすように。痛みも苦しみも、何もかもを越えた所で、そうしてもう二度と離れなくて良いように。
 俺はそうされても良いと思っている。彼になら食い殺されても良いと思っている。
 けれど決して、本当にそうされてしまうわけにはいかないのだ。俺が食い殺されて死んで、彼とひとつになってしまって、そうして死ねば――その後永遠に、その愛情を、激情をぶつける相手を永遠に失った彼は、自らの暴走する感情に飲み込まれて――そうして決して長くは生きていられないだろう。
 だから俺は、彼とずっと二人で、決して一人にはなれない二人で、彼に食い殺されるようにして愛されながら……そうして生きて、彼と並んで歩いて、愛されていく。

 その彼の激情を与えられ続けて朦朧とする意識の中、痛い程に掴まれたままの、頭上で固定されたままの両手首を、――お願いですから手を離してくださいと掠れる声で懇願した。
 彼に愛される今この時に、両手で彼を抱き締めたかった。――俺も彼を愛しているから。
 俺の音にならない囁きを受けた彼は、その瞳の奥だけで業火のように燃え盛る視線を俺にしばらく向けた後、唐突に思い切り俺の両手を捩じ上げた。
 突然の激痛に顔を歪める俺の、横に彼の緋色の頭がゆっくり降ってきて、低い低い低いあの声を、俺の耳元で囁いた。
「……絶対、離さない」

 その抑えた声に込められた、膨大な熱量の激情を全身で受け止めて、俺の意識はそこで途絶えた。


 ……髪が長くて良い事などあまりない。
 もともと女顔の俺は髪を長くすることで優男のようなその印象を余計に強調するだけだったし、ここまで長く…腰を越えるほどに伸びてしまうと、寝ている間に身体の下に敷き込んだりして結構痛い思いをする。
 そうならないようにベッドに寝ている間は横に垂らせば、一人で寝る場合はそうでもないけれど、彼が共寝をする時などはベッドの端から流れ落ちて先端が床にまで着いていたりする有様だった。

 まさにそういう状態の、そんな自分の髪を見ながら目が覚めた。まだ少し弱い朝の光が、薄いカーテン越しにぼんやりと部屋の中を照らし出している。
 背中に彼の広い胸板の素肌が密着している。
 当然と言わんばかりに、彼の両手はきつく俺の身体に廻されて、足までしっかり絡んでいた。

 時々思うことだが、いつも不思議で仕方が無い。
 寝ている間は彼だって意識が無い筈なのに、それから彼も俺も寝ている間は普通に寝返りを打っているはずなのに、どうやって彼は朝まで俺を拘束したままでいられるのだろう?

 俺が髪を伸ばしているのは、彼からそう頼まれたからだった。切ってくれるなと。
 彼が昨日ほどにその激情を持て余すこと無く、穏やかな時間を二人で過ごしていられる時、彼自身の腕の中に柔らかく抱き込んだ俺の背の、――その状態で彼の視線の先にあるらしい、俺の背から腰にかけての髪を無骨な指で撫でて梳いて、弄ぶのが彼の一等の気に入りらしい。
 彼は喜ぶ。とても綺麗でさらさらしていて、触り心地が良いと。そんなものかと思うけれど、子供のように嬉しそうに喜ぶ彼を無下に出来なくて、もうずっと長い間切れないままでいる。

 慎重に慎重に、絡んだ彼の腕と手と足を少しずつ、少しずつ外していった。
 いつものことなら起きてしまうか、さもなければ俺が外しかけていた彼の手が夢現の状態で再び俺を強く抱き締めなおして、時間をかけた俺の努力が無駄になって――なんでもそのことは覚えていないらしく、だとしたら彼は半覚醒で何故それが出来るのか、それも俺は不思議なのだが――とにかく今朝は、珍しくそのどちらの気配も無く、力の抜けた腕が俺のゆっくりした動きにその身を任せている。
 彼の両手両足全部が俺から外れたところで、音を立てないように、慎重にシーツから滑り出た。そっと床に降り立ってから、彼の方を振り返る。

 俺を抱いた後、彼はいつも背中から俺を抱き締めるから――そして朝は、そういった事情があって彼が起きるまで彼から離れられないのが普通だったから、どんなに夜を重ねていても彼の寝顔はなかなか見られないのだ。

 滅多に無い機会とばかりに、俺は彼の顔を間近で覗き込んだ。

 佳い顔をしている。とても穏やかだ。
 昨夜の激情の嵐を俺に注ぎ込んで、どうやら暫くは安心して満たされて、その激情を持て余すことなく静かに穏やかでいられるらしい。

 彼はそういう風にして俺を愛する。
 そうして表向きは、冷静で、沈着で、ややもすると感情に乏しくて――と評されたりするのだ。

 自然と、俺の顔に微笑が浮かんだ。

 ベッドの周りに散らばっていた自分の服を拾い上げて、それから気が変わって一旦拾い上げた自分の服をまとめて落として、ただし静かに――先に彼の服を拾い上げて軽く畳んで、ベッドの彼の足元に置いた。
 それからもう一度自分の服を拾い上げて、彼と迎える朝の準備を始めるために、俺はシャワールームへと歩いていった。